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05-06は闘病記・ともくん編 ブログトップ

ギプスがとれた! [05-06は闘病記・ともくん編]

 2006年3月中旬。ともくん外来。
 父ちゃんは先日外来で来て、体力的にきつかったらしく、留守番。

 X線の画像で大丈夫ということになって、ついにギプスをはずすことに。
 またカッターだ〜。
 「熱くないよ、熱くないよ。」と、だれに言ってるのか不明だけど、ずっとつぶやくともくん。
 やっと切れた!で、ふやけた手を看護師さんがきれいに拭いてくれる・・と、じっと手を見ていたともくん、
 「ふっふっふ、へへへへへ・・・・・へへへ・・」
と、突然笑い出す。
 Q先生がギョッとした顔で、ハハに、「ど、どうしたんですか?」と聞いてくる。
 ハハ、仕方なく、「いや〜、緊張がゆるんだというか〜、ギプスとれてうれしいというか〜。」と訳わかんない説明。ともくんって、突然笑い出すんだよな〜・・。

 とりあえず、安心したらしいQ先生、父ちゃんの様子を聞いてきた。
 実は、どうも皮弁移植した三角の傷の縫い目の角にあたるところが白っぽくなっていて、気になっていたのでそのことを話すと、
「う〜〜ん・・やっぱり今日一緒に来てもらうように言えば良かったかな〜。」
 そうだったと思う・・。


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きいてないよ〜、ワイヤー抜き [05-06は闘病記・ともくん編]

 2006年2月中旬。外来で2人の受診。
 父ちゃんの方は、次の入院のベッド待ちで、手術の傷のチェック。
 ともくんはギプスの上からX線撮って、おしまい・・だと思っていた。
 なのに、なんとできあがった写真みて、Q先生が指に串刺し状態のワイヤーみたいな金属(下の図参照)を指して
「あ、今日これとっちゃおうか〜?」
 え!?きいてないよ!どうすんだよ!?
 と、あせりながらともくんを見たら、スマスマのゴロゴ13のギャグみたいにおでこから汗が・・・(^^;)
 で、Q先生はにこやか〜に「あ、ここには道具がないなあ」とか言いながら、電話で「メスとラジオペンチと〜・・」と、なにやら恐ろしげな道具を発注。
 まもなく若手P先生が恐ろしげな道具を手にして到着。

 ベッドに寝かされて、指に麻酔の注射して、メスでちょこっと切開してワイヤーを引っぱり出すというちょっとした手術。
 指から金属がにょき〜っと出てくるのを見て思わず、「サイババみたい・・」と言ってしまった薄情なハハ。

 ともくんは思ったよりは落ち着いていて、Q先生に「ゆっくり切ろうね」だの指図をしながら手もほとんど動かさずに終了。
 最初は、このワイヤーを抜くときに、「全身麻酔しようか?」と話していたQ先生もえらい変わり様だ・・。
 ギプスは3月にはずすらしいけど、なんかしみじみ、ともくん、タフになったなあ〜。


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ともくん退院 [05-06は闘病記・ともくん編]

 小児病棟はなぜかよく部屋替えがある。
 おそらく手術直後はナースステーションの近くに・・という事情なんだと思うけど、ともくんにはちょっと大変だったかな?変わる前の部屋に入ってしまったことも一度あったし。
 でも、お風呂に入れない時期も、清拭とかシャワーとかずいぶんこまめにしてもらって、看護の面では良かった。

 父ちゃんも手術から5日目くらいからは、歩行器で小児病棟に来て、ハハが帰った後のともくんの相手をしてくれていた。
 手と腰以外は元気だから、食欲もあるし、出られないのが退屈でしょうがない入院生活の後半。
 歩行練習を兼ねて、夕方、外来の人がいなくなった頃に、外来にあるエスカレーターに乗れるかどうか試しに行ったり、最上階の喫茶に行ってソフトクリーム食べたりしても、やっぱり退屈・・。

 結局予定通り2週間で退院。

 Q先生は次の外来まで、家で人差し指と親指でものをつまむ練習(OKの形)をしてきてくださいというのだけど、親指にはまだ串刺しワイヤーが入っているし、おそるおそるさせているって雰囲気。
 曲げ伸ばしさせていると、皮膚を突き破って出てくるような妄想にかられる今日この頃・・。

 歩く方も、まだ引きずるようなカンジだけど、階段の上り下りもできるし、電車で帰宅できた。


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ギプスカッターはきらい [05-06は闘病記・ともくん編]

 下の写真のように、ともくんの右手は手首までギプスで固定されている。
 手術から3日目。ギプスをはずしてドレーンを抜くことに。
 ギプスカッターとかいう機械が登場。みるからにコワイ。音もコワイ。
 これで切るんだけど、途中でともくん「熱い!」
 ちょっと手を動かして危なかった(^_^;)
 と、いっても、皮膚とか肉は切れないものらしいけど。
 あとはなんとかこらえて切断終了。
 傷から小さなチューブが出ている。これがドレーン。これはピンセットでつまんで抜いてしまう。
 ちなみに、腸骨をとった腰には、もっと長いドレーンが1本ついている。
 消毒とガーゼの交換したら、包帯みたいなのを濡らしてグルグル巻くと固まるって・・イマドキのギプスは進化してるんだ。
 しかし・・せっかく清拭してもらったのに、これでまた汗だくに・・。

 その後も抜糸や消毒のためにギプスの付け替え。これですっかりギプスカッターが嫌いに・・。


 
 ちなみに、ともくんはその後なんとか歩けるようになっているが、カニのように横ばいしている・・。
 2週間で退院予定だけど、電車に乗れないようなら延期か??
 あと、手に串刺しになっている金属はいつ、どうやって抜くのかQ先生に質問。
 Q先生「う〜〜ん、どうしようかな・・また寝てもらおうかな。」
 ハハ「寝るって、また全身麻酔ってことですか〜?」
 Q先生「そう」
 ハハ「そしたらまた入院ですか〜?」
 Q先生「う〜ん、考えとく。」

 また入院するの?なんか大変だ〜。(と、思っていたら、2月にオチが・・)


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まず、ともくん手術 [05-06は闘病記・ともくん編]

 2006年1月。今度は手術前日に入院。
 再び手術前の説明。
 手術の度に、輸血のことやら手術中におこる「かも」しれないエコノミークラス症候群の話の説明がある。
 生検手術入れたらもう三回目なんですけど〜・・。
 今回は父ちゃんも退院中だったので、一緒に説明を聞く。
 ともくんの疑問はあくまでも、「腰の骨メスで切る?のこぎりで切る?」ということ。あまり想像したくないんですけど〜・・。


↑手術直前の手。かなり膨らんでいるのがわかる。

 下剤を飲むこと、食べ物は夜9時まで、飲み物は12時までOKという説明のメモを看護師さんがテーブルに貼ってくれる。
 生検で一度経験しているので、かなり落ち着いている。
 でも、「お父さんお母さん病院泊まる?」と聞かれてしまった。
 前回は父ちゃんが入院中だったからなあ・・ともくんも安心だったのかな?

 当日は結局9時間近くかかって(麻酔かけるのと覚ます時間も含まれていますが)大事っぽくなったなあ・・という感想。
 手術そのものは、右手の第一中手骨の腫瘍(骨巨細胞腫)で、かなり大きくなっていたので、骨をとってしまう。そうすると関節もとるので指が動かなくなる。でも、ものをつまむ機能は残そうというので、親指側の関節部分はうす〜く元の骨を残す(面談票によると、「第一中手指節関節の温存」だそう)。
 で、腫瘍が残らないように削り取り、なおかつ液体窒素で見えないレベルの腫瘍も殺して、腰の腸骨から切り出した骨をつなぐ(血管なんかをつなぐのは形成外科の仕事らしい)・・というかなり細かい手術だったよう。
 手術名は、右手第一中手骨骨腫瘍切除+(血管柄つき)骨移植+骨接合と書いてある。


↑またいい加減な図解です。
青いのがネジみたいなので、固定されているところ。
赤いのはワイヤーみたいな金属を串刺ししているように見えるけど、実際にはどこからどこまでだったか不正確です。こちらは後で抜くそうです。

 ようやくともくんと対面した第一声は、「カギ!」
 カギ?そう・・手術前に荷物を病室から一旦引き上げないといけないんだけど、その時にともくんがいつも首から下げている「カギ」を預かったんだ・・。でもこんなタイミングでいわんでも・・。

 手術後は術後管理病棟(個室)に一泊して、翌日に一般病棟に戻ったのだけど、なんだか足とかケツとかかゆがってボリボリやっている・・。
 なんだろうかと思ったら、痛み止めで背中に刺している硬膜外麻酔の薬(モルヒネ)の副作用だって。
 で、翌日やめてみたら、かゆみは止まったけど、今度は腰の骨をとった所の痛みが強く出て、前日は肩を貸せば歩いてトイレに行けたのに、車椅子で移動になってしまった(;_;)
 夕方あたりからは痛みがひいてきたのか、また肩をかせばトイレには歩いていけるようになってたけど。


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検査結果・骨巨細胞腫? [05-06は闘病記・ともくん編]

 2005年12月、検査の結果が出た。退院後外来で聞く。
 骨巨細胞腫とかいうものだそう。
 20〜30代に多いとか、大腿骨なんかに多いとか。うちは17才で手だよ・・。ともくんには当てはまらないことが多すぎ。
 親子で同時にこういう珍しい病気になって、なんで宝くじにはあたらないんだろう!?

 再び癌研のサイト。骨の方です。

http://www.jfcr.or.jp/gan_knowledge/neoplasm.html
 
リンク切れなので、こちらを http://www.jfcr.or.jp/cancer/type/neoplasm.html  一応良性の中に入っているわりにはややこしいものらしい。色んなサイトみても、これは悪性の中にいれるべきだという意見もあるくらい。
 理由の一つは、再発しやすい。
 もう一つは、肺に転移することがまれにあるとか。

 ともくんは、1月に手術することに。
 腫瘍のあるところを骨ごととって、腰のあたりの腸骨で自家移植をする。入院は2〜3週間。手のギプスは4週間くらいはつけて・・と、けっこうタイヘンそう。
 ともくんは、ポケ〜ッと横で話しを聞いているのかいないのかわからない態度で、私が「アンタのことなんだから、ちゃんと聞いてる?」と聞くと、「腰メスで切る?切る?」と始まる(何の道具で切るか気になるらしい)。
 で、いったん形成の先生にも診てもらいましょうと待合室に出ると、「車椅子使う?何日で歩ける?」と、たいへん的確なギモンを発する。
 「そういう質問こそ先生にしなさいよ」
 というわけで、形成の先生と話して、また整形のQ先生のところへいくと、ともくんは「小山(ゆうえんち〜♪のおやまです)行ける?」
 さっきのすばらしい質問はどこへ・・??(^^;)
 結局私が聞くと、痛みがなくなれば、2、3日で、長くても一週間で歩いて良いそうな。

 ついでに、父ちゃんの方も抗がん剤3クール終了したところで手術ということに。
 年内にどうにか3回目の抗がん剤終えて年末年始は自宅で過ごす計画を立てている。


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ともくんの入院生活 [05-06は闘病記・ともくん編]

 何度も書いているように、ともくんは自閉症で知的障害がある。
 正直、最初は検査すらまともに受けられないんじゃないかと思っていた。

 小児科では、最初に子供のことを書き込む調査書みたいなものをくれる。
 まあ、普通に年齢とかアレルギーはあるかとか記入していく。
 ここで、食べ物の好き嫌いとか、お風呂が好きとか、一日の流れを書いたメモかなにかくれるとありがたいとかの要望も書いておいた。
 そこで、手術後は、抗生剤を点滴するんだけど、看護師さんが、「夜寝る前、9時に点滴するからね〜」と言いながらメモを貼ってくれた。
 針は留置してあるので、刺すのは初日だけだったんだけど、右手が包帯グルグルで、左手点滴だから、ともくんとしてはかなり不自由になる。
 ある日、午後からの面会に行くと、看護師さんが笑いながら、
 「忙しくて、9時になっても点滴もって行かなかったら、ともくんの方からナースステーションに来て、『てんてき〜』って言ってくれたんですよ。」
と、教えてくれた。
 う〜〜ん・・几帳面なのかなんなのか・・?

 手術室の看護師さんもなかなか良い味だしていた。
 手術室に入る時、ハハが、「あんまりしゃべれないので〜」と言いかけると、ともくんに、「名前は?血液型は?」と。
 前日から教え込まれていたともくんがちゃんと答えると、「これだけ話せりゃ十分!」と笑いながら連れてってくれた。

 父ちゃんは抗がん剤が始まってから、病院の食事がほとんど食べられなくなった。
 抗がん剤の点滴が終わってからも、味覚が変わったのか、マズイを連呼。
 それがともくんにも伝わってしまったか、ある日ぽつりと、
 「病院のゴハン、べとついてるね。」
 と、悲しそうに言う。
 父ちゃんに、「あんまりマズイマズイ言うな〜!」とハハ激怒。

 そんなこんなで一週間。12月になっていた。
 ともくんは退院。父ちゃんは外泊許可が出て、3人でタクシーで帰宅。


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生検手術 [05-06は闘病記・ともくん編]

 2005年11月。手術2日前に入院。小児病棟の個室へ。
 ここの小児は差額ベッド代かからないんだって。
 CTやら心電図やら色々検査。
 CTの検査は一人で部屋に入ったんだけど、声が漏れ聞こえてきて、技師さんかな?が、「ちょっとじっとしていてね〜」
 ともくん「何秒!?」
 技師さん「え・・っと・・3分くらい(^_^;)」

 その後、面談室でQ先生から手術の説明。
 最初はハハだけ話す。
 血液検査や、画像他モロモロの結果も踏まえて、年齢的には他の場所のがんの骨転移ということは考えにくい。良性だった場合、悪性だった場合の治療についても聞くが、ともかく生検の結果が出ないことには現時点では・・ということに。
 あとは、ともくんも一緒に聞いた方が良いだろうということで、部屋に呼んだら、Q先生と若手のP先生(ちなみに、やはりPに意味はありません)の医師二人と看護師さんが並んでいるもんだから、「面接?」と聞いてくる(爆)
 ともかく、全身麻酔のときは、自発呼吸ができないので、挿管している。なので、覚めたときに驚いてパニックにならないように、「目が覚めたときに口に管がはいっているからね。すぐ抜いてくれるから驚かないで・・」と繰り返し説明してくれる。
 ともくんは、あくまでも、「メスちょっとだけ!」にこだわる。

 手術前日は夜9時からは絶食。
 看護師さんが、食べ物は9時まで、飲み物は12時までとメモ書いてくれる。
 呪文のようにともくん、「食べ物は9時まで、飲み物は12時まで」とくりかえしてる。
 当日は朝MRIをやって、私は終了後に病院に着いたのだけど、ちゃんとできたそうで。
 11時頃から点滴を始めることになったのだけど、ともくんはえらそうに、Q先生に「ここに刺すの!」と、針を刺す位置まで指定(爆)
 検査の手術は、大きな手術の合間にやるらしくて、前のがいつ終わるかわかりませんというので、父ちゃんのときにもそうだったのですが、なかなか待つ時間が長い。
 結局午後の3時半からで、それまで飲まず食わず。
 手術の後、本来は入れないけど、子供の時は親が入れるように配慮してくれることもあるとかで、回復室へ。麻酔科医の先生が、ともくんが耳をさわられるとものすごく嫌がるということを伝えていたので、「キャップ耳に当たらないように気をつけたから〜」とか、「痛み止め多めにしておいたから〜」とか話しかけてくれて感謝。
 ハハが感激しているのにともくんは私を見るなり、「何時!?」
 私「え・・ご・・五時半・・」
 
 ともかく全体に落ち着いていてくれていて、無事に元の病室に戻る。
 ただ一つ、ごねまくったのが、手術着からパジャマに着替えるとき。
 点滴ついているので、前あきの介護用肌着を用意していたんだけど、これにものすごく抵抗したこと。
 たしかにダサイけどさ〜・・・。
 看護師さん3人がかりで着替え。
 思わず、ハハ叫ぶ。
 「こんな大勢の若いおねえさんたちに囲まれるなんて、二度とないかもしれないんだから、抵抗するな〜!」

 組織検査の結果は10日くらいはかかるらしいのだけど、手術日の時点でQ先生は、悪いモノではないんじゃないか・・と言ってくれたので、期待してもいいのかな・・?
 父ちゃんの時には、何一つ楽観的な発言はなかったから・・。
 その父ちゃんは、そのとき2クール目の抗がん剤でへばっていた。


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骨がとけてる!? [05-06は闘病記・ともくん編]

 10月頃からともくんが時々手が痛いと言っていた。
 なにかな〜と思いながらも湿布貼ってやると治った〜と言うのでそのままにしていた。
 11月になって、父ちゃんが1クール目終了して退院していたとき、また痛がるし、腫れてるみたいだったので、近所の整形外科に連れて行った。で、レントゲン。
 できてきたレントゲンの右手親指の下には骨(第一中手骨)が写っていない・・!?
 なに!これ!?
 医師「骨になにかできていて、溶けちゃってるんです。」
 骨が膨らんで、うす〜〜く輪郭とひび割れみたいなものが写っているだけだった。


 ↑かなりテキト〜な骨の図ですが、大体この位置の骨なんだとわかってもらえればいっか。
 この赤丸くらい膨らんでいた。

 やはり、どこか病院紹介しますけど・・という展開になった。
 やっとの思いで父ちゃんの入院先を告げ、そこへの紹介状を書いてもらう。
 帰宅してから、どうしよ〜と騒いでいたら、父ちゃんがQ先生に電話してくれた。
 Q先生が自分の外来の日に予約を入れてくれて一安心で、父ちゃんはまた2クール目のために入院していった。
 私はというと、腰が抜けるってよく言うけど、手が抜ける状態で、数日手に力が入らなくなってしまった。

 色々調べても、手にできる骨の腫瘍ってあまりない。
 でも、悪性だった場合、ともくんにあの24時間一週間の点滴が耐えられるのか?(耐えられない!)
 良性だったとしても、あれだけ大きくなっているのだから、もう右手はちゃんと使えなくなるかも!
 等々、考えていると頭の中グラングラン。
 数日後、Q先生の外来。入院中の父ちゃんも点滴台引っ張って同席。
 やはり生検で調べないとはっきりしたことはわからないからというので、いきなり来週入院ということになった。この病院でそんなにすぐに入院できるとは思わなかったのでオドロキ。
 Q先生曰く「痛そうだから、早いほうが良いかと思って。」
 ていうか〜・・早くしないとハハがぶっ倒れそうだと思ってくれたのでは??
 生検はやはり全身麻酔で行うとのこと。
 手術と聞いて一番驚いていたのがともくん本人のようで。Q先生に、「メス切る?メス切る?」と聞く。で、「うん。少し切って調べるからね」と説明してもらったら、すかさず「メスちょっとだけ!」と念押しで、先生苦笑・・(^^;)


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